イスラム教に「原罪」はない?アダムとイブの物語から知る、驚きの女性観

「イスラム教に「原罪」はない?アダムとイブの物語から知る、驚きの女性観」

アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。

今回お話しするテーマは、多くの女性に知ってほしいと思っていることの一つです。

イスラム教と女性」と聞くと、ヴェール(ヒジャブ)や、厳しい戒律、制限された権利といった、ネガティブなイメージを思い浮かべる方がほとんどではないでしょうか。

Aya

わたしもムスリムになる前はネガティブなイメージがありました

イスラムが本来、女性をどのように捉えているのか。

こちらの記事でも別の角度から男女平等に触れていますが、今回は、イスラム教の視点から語られる「アダムとイブの物語」を通して、誤解されている「イスラム教における女性の立場」を、一緒にみていきましょう。

目次

「原罪」は誰のせい?聖書とクルアーンでこんなに違う、アダムとイブの物語

多くの方がご存知のアダムとイブの物語。

それは、西洋文化の根底にあるキリスト教の聖書の物語です。

一般的に知られる物語では、

  1. 蛇(悪魔)がイブをそそのかす
  2. イブが禁断の果実を食べてしまう
  3. イブがアダムにも食べるよう勧める
  4. 結果、二人は楽園を追放され、人類は「原罪」(生まれながらの罪)を背負うことになった

この流れから、「人類の堕落の始まりは、女性であるイブの弱さや誘惑にあった」という解釈が、歴史の中で生まれてきました

(※キリスト教には多数の宗派や聖書もいろんなバージョンがあるので全ての宗派で上記の認識ではないかもしれません。)

クルアーン(コーラン)が語る物語は、この点において、決定的に異なっています。

イスラムの教えでは、アダムとイブは、二人同時に悪魔からささやかれ、二人で過ちを犯し、そして二人で神に許しを請い、二人ともが赦されたとされています

Aya

そして何より、その過ちが子孫に「原罪」として受け継がれる、という考え方そのものが、イスラム教には存在しません

イスラム教では、人は誰もが生まれた時は純粋無垢であり、その人の責任はその人自身にある、と考えるからです

なぜイスラムでは「イブだけが悪者」にされないのか

では、なぜクルアーンでは、イブ(アラビア語ではハワーと呼ばれます)だけが責められることがないか。

それは、先ほどもお伝えしたようにクルアーンではこの出来事を一貫して「二人の過ち」として描いているからです。

悪魔は、どちらか一方を狙ったのではありません。

そして悪魔は、彼ら二人の隠されていた恥部を彼ら自身に露わにすべく、二人をそそのかして言った。「あなた方の主があなた方にこの木を禁じられたのは、あなた方が天使になるか、あるいは永遠なる(生を得る)者の仲間とならないようにするために外ならない」。

そして彼(悪魔)は、二人に向かってこう誓った。本当に私はまさしく、あなた方二人に対する忠告者である」。

クルアーン 7章 高壁 (Al-Araf) 20-21節

このように、悪魔の誘惑は、明確に「二人」に向けられています。

そこには、女性の方が騙されやすい、といったニュアンスは一切含まれていません。

また、イブはアダムの肋骨から作られた、という物語も共有されていますが、イスラムにおけるその解釈は「劣った存在」ではなく、「互いに安らぎを得るための、かけがえのないパートナー」として創造された、という非常に温かいものです。

かれこそは,一個の魂(アダム)からあなたがたを創り,互いに慰安を得るため,その妻を創られた御方であられる。

クルアーン 7章 高壁 (Al-Araf) 189節抜粋

責められるべきは、誘惑に負けた人間の弱さではなく、誘惑した悪魔の悪意。

そして重要なのは、過ちを犯した二人が、すぐに共に悔い改めたという事実です。

イスラムでは、過ちを犯した時にすぐに神に立ち返り、許しを乞うことが何よりも大切だと教えられています。

この「解釈の違い」が、女性の尊厳にどう繋がるか

ここまで聞くと「ただの神話の解釈の違いでしょう?」と思うかもしれません。

でも、この最初の物語の違いが、イスラムにおける女性の尊厳や権利の考え方に、計り知れないほど大きな影響を与えています。

  1. 女性は「罪の根源」ではないという証明
    人類の堕落の原因が女性にないのなら、女性という性そのものが、男性より劣っていたり、罪深かったりするという考えは、根底から成り立ちません。
    (反対にキリスト教では原罪の根源が女性にあるというところかスタートです)
  2. 精神的な平等の保証
    アダムとイブが共に過ちを犯し、共に赦されたという事実は、「神の前では、男性も女性も完全に平等である」という、イスラムの基本原則を物語っています。
    善行を為せば共に報われ、過ちを犯せば共に責任を負う。
    そこに性別による有利不利は一切ありません。
  3. 「支配」ではなく「相互扶助」の関係性の土台
    もしイブがアダムを堕落させたのであれば、男性が女性を「管理・支配」する、という関係性が正当化されるかもしれません。
    しかし、イスラムでは二人が互いの「衣」となり、助け合い、支え合うべき存在であるともクルアーンに記載があります。この考え方が、イスラムにおける夫婦観の基礎となっています。

まとめ:イスラムの視点から「女性の尊厳」を考える第一歩

いかがでしたでしょうか。

今回は、イスラムが語るアダムとイブの物語を通して、その教えの根幹に「男女の精神的な平等」という考え方が、いかに深く根付いているかをお話ししました。

  • 女性は「罪の始まり」ではなく、アダムと魂を分けた片割れ(お互いを癒す存在)として創造された
  • 神の前では、男女の価値と責任は完全に平等である
  • 男女の関係は「支配」ではなく、互いが安らぎを得るための「相互扶助」

この、人類の始まりの物語こそが、イスラムにおける女性観の原点です。

もちろん、歴史や文化の中で、このイスラムの理想が常に実現されてきたわけではありません。

でも、このような美しい教えがあるにも関わらず、なぜ世間では正反対のイメージの報道ばかりなのでしょうか?

そこには、イスラムの教えの多くが、現代社会の巨大産業(お酒、ギャンブル、性産業など)と真っ向から対立するため、メディアによって意図的にネガティブなイメージが作られている側面があると感じます

イメージに惑わされず、事実に目を向けると新しい世界が広がるね

この記事が、「イスラム教と女性」について考える、新たな視点となれば嬉しいです。

とはいえ、この「イスラムの理想」と、現実の「ムスリム(イスラム教徒)の社会」との間に、ギャップを感じる方もいるかもしれません。

そんな方は次の記事もぜひあせてお読みください。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。

ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。

Aya

アッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)

当ウェブサイトで扱う内容は非常に奥深く、専門家の方々が長年研究を重ねている分野です。共有している情報は、あくまでその広大な知識への入り口として、私自身の学びを元にまとめたものです。
もし内容に間違いなどお気づきの点がありましたら、コメント欄などで参考文献を添えて、優しくご指摘いただけますと幸いです。

なお、ブログ内で使用している敬称については、こちらのページで詳しく解説しています。

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Aya
シドニー在住 日本人ムスリマ
学生時代の留学がきっかけで改宗。
ブログ「イスラムのとびら」では、イスラムの奥深さやムスリムのリアルな暮らしを発信しています。
この場所が、あなたにとって新しい気づきと出会う“とびら”になれば嬉しいです。

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コメント一覧 (2件)

  • 旧約聖書とクルアーンの双方に同じ話が現れるのは初耳でした。アダムとイブの話すら、両者でこんなに違うとは。

    • コメントありがとうございます!
      まさに、そこがイスラムの教えの面白いところで、実は多くの物語/歴史を共有しているんですよね。
      イスラムの視点では、これまでこの地球に神様から送られてきた全ての預言者は「同じメッセージ」(唯一神への服従)を伝えた、とされています。
      預言者についての記事で詳しく書いているのでよかったらそちらも合わせてご覧頂くとわかりやすいかもしれません!

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