アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。
「宗教って、どうせとにかく“信じろ”でしょ?」
実は、昔の私はそう思っていました。
でも、イスラムに出会ってびっくりしたのは…
「学ぶことが“義務”である」と教えられていること。
イスラムは、知らないまま信じるのではなく、「知るからこそ、信じることができる」。
この世界をどう見るか、なぜ信じるのか、どう生きるか。
自分の頭で考え、探求していくプロセスそのものを、何よりも大切にしています。
そこで、今回は聖典クルアーン(コーラン)と預言者の言行録(ハディース)を道しるべに、イスラムが重んじる「知の探究」とは何か、一緒に見ていきましょう!
すべての始まりは「読め」という神からの啓示

イスラムの預言者ムハンマド(彼に平安と祝福あれ)がアッラー(神様)から最初の啓示を受けたとき、
その第一声は、意外にも…
「読め!」
(アラビア語でイクラッ)
でした。
祈れ、でもなく
断食せよ、でもなく。
最初に神が人類に呼びかけたのは「読め」だったんです。
読め,「創造なされる御方,あなたの主の御名において。かれは人間を、一塊の凝血からお創りになった。」
読め,「あなたの主は,最高の尊貴であられ、筆によって(書くことを)教えられた御方。人間に未知なることを教えられた御方である。
クルアーン 96章 凝血 (Al Araq) 1~5節
イスラムにおいてアッラー(至高にして崇高な御方)から与えられた知性を使って「学ぶ」ことの重要性がここからみて取れます。
学ぶこと=信仰とも言えますね。
「学びなさい」それは全ムスリムに課せられた“義務”

ちなみに、以前こちらの記事でもちょっと触れたのですが、イスラムにおいて、学ぶことは推奨ではなく「義務」とされています。
預言者ムハンマド(彼に平安と祝福あれ)の言行録にその証拠があります。
(イスラム教では、クルアーン(コーラン)とハディース(預言者の言行録)を人生のガイドとして頼りにするのが基本です。)
「知識の探究はすべてのムスリムの義務である」
Aya「義務」と聞くとちょっと重たく感じるかもしれませんが、イスラム社会では「神に近づくための贈り物」のように、学びが大切にされてきました
男女関係なく、知識を探究すべき!
ここで注目したいのは、ハディースの「すべてのムスリムの義務」という言葉。
今でこそ、教育を男女ともに受けられるのは当たり前のように思えますが、たとえば日本では、女性が自由に大学へ進学できるようになったのは、実は戦後の1948年。
Ayaほんの数十年前まで、世界的に見ると学問は「男性だけのもの」だったんですね
(西洋社会でも19世紀ごろから)
そう考えると、610年のアラビアで男女関係なく知識の習得をせよ、というイスラムの教えは、ものすごく先進的だと思いませんか?
でも、そもそもどうして学ぶことが「義務」なのか?
それは、神を正しく理解し、正しく崇拝するために必要不可欠だから。
ただ「言われたから信じる」のではなく、「なぜ?」と問い、知り、納得して信じる。
それが、イスラムの教える「信仰のかたち」だと感じます。
Aya学んでびっくり!
私の宗教=盲信というイメージとは全然違いました
学びの先にアッラーが約束する3つの報酬
では、ここからは知識を求める人々について、アッラー(至高にして崇高な御方)や預言者(彼に平安と祝福あれ)がどんな言葉を残しているかを見ていきましょう。
①地位が高められる
アッラーはあなたがたの中信仰する者や,知識を授けられた者の位階を上げられる。本当にアッラーは,あなたがたの行う一切を熟知なされる。
クルアーン 58章 抗弁する女 (Al-Mujadila) 11節 抜粋
知識は、あなた自身の人格や信仰の質を高めてくれるもの。
考えてみれば、私たちも、何かについて全く無知な時ほど、知らず知らずのうちに断定的になったり、極端な思い込みをしてしまったりしがちです。
逆に、何かを深く知れば知るほど、その奥深さに気づき、自然と謙虚になれる、そんな経験ありませんか?
イスラム教に対して世間の多くが抱くネガティブなイメージも、この「無知」から来るのでは、と思います。

正しい知識を得ることは、私たちを傲慢さから守り、謙虚で、より深い人間へと成長させてくれるっていえるね!
②天国への道が容易になる
誰であれ、知識を求める道を歩む者には、アッラーが天国への道を容易にしてくださる
[Abu Dawud and At- Tirmidhi] Riyad as-Salihin 1388
預言者(彼に平安と祝福あれ)の言行録(ハディース)では、知識を求めるものは天国への道が容易になるといいます。
これって先ほどのクルアーンの節と繋がりますよね。
Ayaより良い人格になれば天国へ一気に近づけるのは納得ですね
③天使や全てのものたちがあなたを応援する
天使たちは、知識を求める人の行いに喜び、敬意を払ってその人のために翼を低く広げる。
天と地に住むすべてのもの、さらには海の底にいる魚たちでさえ、その人のために神様の赦しを願ってくれる。[Abu Dawud and At- Tirmidhi] Riyad as-Salihin 1388
天使だけでなく、天と地に住む全てのもの、そして海底にいる魚たちでさえ応援してくれるということ。
実はこの記事を書くためにリサーチするまで私はこのハディースを知りませんでした。
Aya真実を探してそれを学んでいるだけでも見えない多くの味方が応援してくれていると知って感動です
何を学び、どう変わるのか? ― 信仰と学びの美しい関係
では、そもそも私たちは何を学ぶべきなのでしょうか?
そして、学ぶことで何か変わるのでしょう?
何を学ぶべきか? ― 宗教と世界のすべて

イスラムが教える「知」とは、大きく分けて2種類あります。
一つは、もちろん「宗教的な知識」です。
神を正しく知り、崇拝するために、クルアーンや預言者の教えを学ぶことは、ムスリムにとっての基礎となります。
でも、学びはそれだけにとどまりません。
言語、数学、医学、哲学、歴史…といった、この世界の森羅万象を探求する知識もまた、とても重要だとされています。
なぜなら、それら全てが、神の偉大さと創造の精密さを示す「証(あかし)」でもあるからです。
この精神こそが、かつての「イスラム黄金時代」の原動力となりました。
代数学の父アル=フワーリズミーや、医学の典範を著したイブン・シーナーといった偉人たちの業績は、イスラムの信仰が「盲信」ではなく、知的な探求と共存していたことの、何よりの歴史的証明です。
彼らが築いた、驚くべき文明の恩恵を、実は私たちも日々の生活で受けているんです!
学びがもたらす変化
学ぶことが重要なのはわかったけど、改めて、なぜ?
というところを最後にまとめておこうと思います。
1. 偏見や恐れが減り、視野が広がる
私たちは家族や職場、さまざまなコミュニティの中で暮らしています。(アッラーは私たちをあえていろんな人種や思想を持つような多様な社会にしたんです。)
そんな中で、学ぶことで視野が広がり、違う考えや価値観を持つ人たちとも理解し合い、平和に共存しやすくなりますよね。
つまり、視野を広げ、相手の立場に立って考えられるようになることは、無知の反対であり、社会の調和にダイレクトにつながっています。
2. 神とのつながりが深まる
例えば、クルアーンに記されている科学的な事実(近年になってやっと解明されたことも含め)を学ぶと、アッラー(至高にして崇高な御方)の存在がより明らかになり、イスラムは本当に神のメッセージであると確信できるようになります。
また、自分の信仰に自信が持てると、毎日の礼拝や生活にも感謝の気持ちが増し、心が穏やかになりますよね。
「知ること」が「信じること」を支え、私たちの人生をより良くしてくれると言えます。
Aya私自身も、学べば学ぶほどイスラムの素晴らしさに気づき、日々の生活を大切にしようと思うようになりました

まとめ:一歩ずつの学びが、正しい道へ続いている
「知らないけど信じる」ではなく
「知ったうえで信じる」。
そんな知的で深い信仰こそが、イスラムの理想とする姿です。
この記事を読んで、もしあなたの心に、何か小さな「なぜ?」が生まれたとしたら、ぜひ、その好奇心を大切にしてください。
まずは小さな疑問からで大丈夫。
小さな問いの先に、きっとあなたなりの“答え”が待っているはず
下記の2つの記事では「知が社会を変えた」隠されたの歴史の裏側に迫っています。


最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。
ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。
Ayaアッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)
当ウェブサイトで扱う内容は非常に奥深く、専門家の方々が長年研究を重ねている分野です。共有している情報は、あくまでその広大な知識への入り口として、私自身の学びを元にまとめたものです。
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