アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。
これまでの記事では、イスラム教の意外な素顔、唯一の神「アッラー」、そしてその言葉が記された聖典『クルアーン』についてお話ししてきました。
では、その教えは、具体的に私たちの毎日の生活や、心の持ち方に、どんなヒントを与えてくれるのでしょうか?
Aya今回は、イスラムの教えの中から、私たちの心が軽くなるような、シンプルで、でもとても深い「3つの視点」をご紹介します!
難しい宗教の話、というよりは、今日からすぐに使える「人生を豊かにする考え方のヒント」として、気軽に読んでみてくださいね。
きっと、あなただけの「支え」になる言葉が見つかるはずです。
①「みんな違って、みんないい」が基本。すべての人間は平等
私たちは日々、無意識のうちに自分と他人を比べてしまったり、社会的な立場や見た目で人を判断してしまったりすることがありますよね。
そんな息苦しさから、私たちを解放してくれるのが、イスラムの「平等」の考え方です。
イスラムでは、人種や性別、国籍や社会的地位に関係なく、すべての人が神の前に等しく尊い存在だと教えられています。
私たちの知っている「女性の平等」は、実はごく最近の話
特に、この「男女の平等」という考え方は、イスラムが誕生した7世紀当時としては、世界史的に見ても非常に画期的なものでした。
歴史家が指摘するように、女性の財産所有権、相続権、離婚を求める権利などを、法として明確に認めたのは、主要な宗教の中でイスラムが初めてだと言われています。
(当時のアラビア半島では女性は男性にとって所有物、と言った認識レベルだったと言われています。)
実は、今の社会が女性を『法的・社会的に平等な存在』と認め始めたのは、ほんのここ100年ほどのことなのです
「イスラム教の女性は抑圧されている」というイメージがメディアによって作られがちですが、実は1000年以上前にイスラム教では男女平等を謳っていた・・・私たちがいかにメディアに洗脳されやすいかを物語っています
事実、世界的に見ても、イスラムへの改宗者の半数以上が女性である、というデータもあり、女性が虐げられているイメージというのがいかに間違っているかが見てとれますね。
(英米では改宗者の8割が女性、詳しくはこちらの記事もご覧ください。)
もちろん、平等であるべきなのは男女間に限りません。
肌の色や話す言葉の違いも、優劣の基準では決してないと、イスラムは教えます。
それらの違いは、世界の豊かさを示す「神のしるし」の一つに過ぎません。

本当に美しいのは、内面の正しさ
クルアーンの一節にこんなものがあります。
おお、人々よ!まことにわれは、一人の男と一人の女からあなたがたを創造し、あなたがたを様々な民族や部族にした。それは、あなたがたが互いに知り合うためである。まことに、アッラーの御前で最も尊い者は、あなたがたの中で最も正しき者である。アッラーは全てを知り尽くし、全てに通じておられる。
この言葉が教えてくれるのは、私たちは皆、あえて違う見た目で、違う言葉をしゃべり、違う地域に住んでいるということ。
アッラー(讃えあれ、至高なる御方)はあえて異なるように人間を創造した、それは知り合うため、つまり、差別なんかしていないでお互いから学び合うためなんですよね。
同時に、神様の前では、私たちが普段つい価値を置いてしまうような肩書きや外見は、まったく重要ではない、ということもこの一節から学べる大きなポイントです。
本当に価値があるのは、「その人の内面の美しさ」と「正しい行い」
「一人一人が、神様によって意図をもって創られた、かけがえのない存在なんだ」
Ayaそう思うと、意味もなく自分と他人を比べて落ち込んだり、誰かを羨んだりすることが、本当にちっぽけなことに思えてきませんか?
綺麗な心を手に入れるためにこの人生を歩んでいると言っても過言ではありません。
イスラムの教えは、人間関係をとてもシンプルで、楽にしてくれる、優しい知恵に満ちています。
②「ないもの探し」から卒業。感謝の心が幸せを育てる
つい「あれが足りない」「もっとこうだったらいいのに」と、私たちはつい「ないもの」に目を向けて、心が疲れてしまいますよね。

イスラムの教えは、そんな「ないもの探し」のゲームから私たちを卒業させてくれる、強力なヒントをくれるよ
まず、私たちが当たり前だと思ってしまっている、基本的な恵みについて考えてみましょう。
世界の一部の地域では、今この瞬間も、人為的な理由で多くの人々が飢えに苦しんでいます。(あえて民族浄化のために飢餓を起こさせている、理解し難いけれどそんな現実があります。)
そうした厳しい現実を知る時、私たちが「毎日、ご飯を不自由なく食べられること」「家で安心して寝られること」が、どれほど大きな恵みであるかに気づかされます。
その上で、私たちの日常を見渡してみると
- 朝、気持ちよく目が覚めたこと
- 一杯の美味しいコーヒーが飲めること
- 友達と何気ないことで笑い合えること
イスラム教ではこれらを、決して当たり前ではない「神様からの尊い贈り物」ととらえます。

見過ごしてしまいがちな一つ一つの瞬間に、意識して「神様、ありがとう(アルハムドゥリッラー)」と感謝の視点を向けるだけで、毎日が全く違って見えてくるね
クルアーンにも、こんな一節があります。
あなたがたは、たとえアッラーの恩恵を数えても、到底数え尽くすことは出来ない。本当にアッラーは寛容にして慈悲深くあられる。
クルアーン 16章 蜜蜂章 (an-Nahl) 18節
私たちは、いかに数えきれないほどの恵みに囲まれて生きているか。
それに気づくことこそ、幸せの第一歩といえますね。
Aya信仰を通してこの「感謝するクセ」がついてから、「幸せを感じる力」そのものが、ぐんと育った気がするよ
幸せとは、「何を持っているか」ではなく、「今あるものに、どれだけ気づけるか」なのかもしれませんね。
③「完璧じゃない自分」を許せるようになる。大切なのは「意図」
「もっとちゃんとしなきゃ」
「また失敗してしまった…」
私たちは、自分に完璧を求めて、自分で自分を責めてしまいがちです。
でも、イスラムの教えは、そんな完璧じゃない、弱い私たちを、温かく包み込んでくれます。
イスラム教でとても面白いのが、何をしたか(行動)だけでなく、「なぜ、そうしようと思ったか(意図)」が、非常に重要視される点です。
神様は、人間が弱い存在であることを、誰よりも知っています。
預言者ムハンマド(彼に平安と祝福あれ)の言行録に下記があります。
「本当に、行いは意図とともにあり、人はその意図したものしか得られない。」
Verily, deeds are only with intentions, and every person will have only what they intended.
たとえ完璧に行動できなかったとして、心の中で「変わりたい」「もっと良くなりたい」と本気で願い、努力しようとしているなら、その意志(意図)そのものを、高く評価してくれるのです。
例えば、「禁煙したいけど、なかなかやめられない」という人がいたとします。
イスラムの視点では、たとえ誘惑に負けてタバコを吸ってしまったとしても、「本当にやめたいと願って努力している」その心の中の葛藤や真摯な姿勢を、神様はちゃんと見ていてくださる、ということです。

意図だけあったら何もしなくていいということではないので注意!
でも、心の底からどうにかしたいという意志があれば自然と行動にも移っていくよね
でも、行動の結果だけで自分を判断しなくていい、神様は心の中やプロセスを重視してくださると思うだけで、少し自分に優しくできるような気がしませんか?
「完璧じゃない自分」を許し、また明日から頑張ろうと思える、とても優しく、慈愛に満ちた知恵ですよね。

まとめ:イスラムの教えを、心の支えに
今回は、イスラムが教えてくれる、人生を豊かにする3つの知恵についてご紹介しました。
- 他人と比べず、内面の美しさを大切にする「平等」の心
- 「ないもの探し」をやめて、今ある幸せに気づく「感謝」の心
- 完璧じゃない自分を許し、前を向く力をくれる「意図」を重んじる心
きっとこの視点を持てばあなたの毎日を少しだけ温かく、そして楽にしてくれると思います。
ぜひ、心の支えとして、時々思い出してみてくださいね。
次の記事では、これらの知恵を、その生涯を通して私たちに示してくれた「預言者たちの物語」について、ご紹介します。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。
ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。
Ayaアッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)
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