ヒジャブで「真の自由」を手に入れた話|日本人改宗ムスリマの体験談

ヒジャブで「真の自由」を手に入れた話|日本人改宗ムスリマの体験談

アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。

ムスリムになってから、ヒジャブ(髪や首・胸などを隠す布)は「つけなければならないもの」とは分かっていたけれど、
「母親になったら」「年を重ねたら」
と少し遠い未来のように感じていました。

でも、イスラムを学んでいくうちに、少しずつ信仰心が深まり、自然と「ヒジャブをつけたい」と心から思うように

そして、旅先で一度ヒジャブをつけてからは、自然と手放せなくなりました。

これは、私が強い意志を持っているからではありません。
むしろ、ヒジャブが与えてくれた「真の自由」という感覚が、あまりにも心地よく、もう以前の自分には戻れない、と感じたからです。

Aya

今回はそんな私とヒジャブについて、パーソナルな体験談をお話します

目次

ヒジャブをつける前:見た目や世間体に縛られた『奴隷』だった

ヒジャブの話の前に、少しだけ過去を振り返りたいと思います。
それは、私が日本でごく普通の社会人として働いていた頃の話です。

毎朝のメイクは「身だしなみ」と言われていたから、面倒でもメイクをしていました。
時間がなくてメイクし忘れて出社した日は、人の目が気になって仕方ありませんでした。

当時は「自分のために綺麗でいたい」と思い込もうとしていたけど、結局は「他人にどう見られるか」を気にしていたんですね。

もともと、毎朝のメイクや、ファッションに、時間やエネルギーを注ぐタイプではありませんでしたが、それでも「メイクはしなければいけないもの」という意識を大学生くらいからすでに刷り込まれていたと思います。

Aya

今思えば、私は「世間体」や「他人の視線」、そして「流行や消費文化」の奴隷になっていたと言えるでしょう

ムスリムとしての新しい環境、変化の始まり

ムスリムになった後、しばらくして私はオーストラリアに移住しました。

日本社会の「こうあるべき」というプレッシャーから少し離れて、メイクもシンプルに。

口紅とBBクリームだけで過ごしていました。

化粧することを完全に辞めてはなかったけれど、日本の「“高い”スタンダード」からの解放はとっても気持ちが良かったです。

そんな私でも、口紅もしくは色付きリップなしで外出するのは無理でした。
「口紅がないと顔がぼやける」
そんな不安が、自分の中にまだ残っていたんです。

この頃、ヒジャブはまだつけていませんでした。

「ヒジャブをつけたい」と思うようになったきっかけ

今振り返ると、きっかけは自分ではどうにもできない出来事が起こった時期だったと思います。
人生の中でも、最も苦しく、同時に多くを学んだ時間でした。

その大変だった経験を通じて、私は初めて、頭だけじゃなくて心でムスリムであることの感謝を感じるようになります。

改宗した時から、ムスリムであることに誇りは持っていました。

でも、当時はその誇りに、私の行動はまだ全然追いついていませんでした。

しかし、この時期を境に、アッラー(詳しくはこちらの記事へのみが頼るべき存在であると実感し、もっとイスラムの実践をしたい気持ちが出てくるようになります。

ムスリムとして改めてイスラムについて勉強を始めたのもこの辺りだったかと思います。

初めてのヒジャブ購入はマレーシアで

そんな時、旅行で行ったマレーシアで急にヒジャブをしてみようと思い立ちます。

最初は、帽子のように髪をすっぽり隠せるターバンスタイルからのスタートでした。

旅行中に軽い気持ちでヒジャブをつけたら、なぜかもう外したくない気持ちが。

そんなこんなで、
行きの飛行機では「普通の日本人」
帰りの飛行機では、「ヒジャブをまとった日本人」に変わっていました。

心の奥で静かな喜びを感じたのを覚えています。

ちなみに、ターバンスタイルから、今のちゃんとした首も隠すスタイルにアップグレードできたのは、きっと改宗者グループに顔を出すようになって、周りの人に勇気をもらえたから

オーストラリア在住の方へ
イスラムについて学びたい人や、改宗者向けのグループ・勉強会がいくつかの団体で行われています。
詳しくは別に紹介の記事を書く予定ですが、もしご興味がある方がおられましたらお気軽にInstagramやこちらのお問い合わせよりメッセージください。

ヒジャブを通して気づいた「真の自由」

ただの布一枚なのに、ヒジャブには想像以上のパワーがありました。

他人の視線・外見からの解放

私たち女性はきっと誰しも自分の見た目で判断されているな、という経験が過去にあるのではないかと思います。

今の世の中は女性を消費物として消費することが「普通」だから。

ヒジャブをつけてから、そのいわゆる「女性の武器」と呼ばれる綺麗・可愛いが正直なところ少し隠れた気はしました。

でも、その代わりに「どう見られるか」ではなく、「自分がどうありたいか」に集中できるように

ちなみに、ヒジャブを始めてから、自分の髪がいかに綺麗・セクシーなものか感じるようにもなりました。
ムスリム女性あるあるでしょうか?
それとも私だけでしょうか(笑)

一時帰国中の日本で感じた「真の解放と自由」

初めてヒジャブをつけて日本に帰国した時、実は内心ドキドキしていました。

変な目で見られないかな?
居心地悪く感じないかな?

でも、最初に感じたのは「これまで感じたことのない真の自由と開放感」

周りを見回すと、皆んな綺麗に着飾っていて、メイクやネイルもバッチリ。

ただ髪を隠しただけなのに「無言の社会的プレッシャー」から解放されたような気持ちになったんです。

もちろん、すべてのムスリム女性が同じように感じるとは限りません。

でも、私にとってはその感覚が衝撃的でした。

「誰かの理想」ではなく「神の言葉に従う自由」

出発前は「居心地が悪くならないかな」と心配していたのが、嘘のようでした。

周りの人たちがメイクやおしゃれで輝く中、私はヒジャブをまといながら、
「誰かの理想」に合わせるのではなく、
「ただ神様の言葉に従う」ということを選び、

これまで感じたことのない「真の自由」を味わったんです。

Aya

日本で感じたあの衝撃的な感情こそ、私がこれまで一度も「ヒジャブをとりたい」と思ったことがない理由だと感じます

「イスラムがなぜ女性にヒジャブを義務とするのか」その本当の意味が、心から理解できた瞬間でした。

ヒジャブを着けて経験した差別と学び

もちろん、良いことばかりではありません。

ヒジャブを着けて空港を利用するようになってから、以前とは明らかに違う経験をするようになりました。

これまで先人たちのありがたい行動のおかげで日本人という安心カードがあったので、「ランダムチェック」に呼び止められることは滅多にありませんでした。

ところがどうでしょう。

ヒジャブをつけてからは、空港のセキュリティで「ランダムチェック」に呼ばれることが増えました

面白いですよね。

もちろん最初はちょっとショックを受けました。

Aya

でも今は「日本人でもムスリムっているんだよ」と、ただ存在を通して伝えられる機会だと思っています!(ちょっとした空港での“ダアワ”ですよね)

たった一枚の布、そして髪を隠しただけで、これほどジャッジが変わります。

でも、それって同時に、いかに私たちが普段目にしているメディア・情報が私たちの思考を変えてしまう力を持っているかということの表れでもあります。

最近はSNSでデマに踊らされている人が多いようです、情報の精査をしなければいけませんね!

ヒジャブによっての差別、と聞くとギョッとしますが、むしろ、見た目が重要視される現代で「私は何を基準に生きたいのか」を再確認できる機会をもらっていると感じます

ヒジャブに迷うあなたへ

もし、あなたが
「イスラムに惹かれているけどヒジャブはまだ…」
「ムスリムだけど、つける勇気がない」
そう感じているなら、焦らなくて大丈夫。

信仰の旅は人それぞれ。(詳しくはこちら

アッラー(至高にして崇高な御方)は、最も優しく、あなたを最善のタイミングで導いてくださいます。

まずは「正しい道へ導いてください」「ヒジャブをつける勇気をください」など、祈る(Duaする)ことから始めましょう!

アッラー(至高にして崇高な御方)は私たちのDua(祈り)に必ず答えてくださいます。

そして、もしヒジャブがイスラムに改宗することを迷う原因だとしたら、ヒジャブについてはゆくゆく考えるとして、迷わず先に改宗することを選んでください。

日常ではあまり意識しないかもしれませんが、私たちは、いつ自分の命が終わるのか分かりません。

だからこそ、「真実を真実として認めること」が最も重要です。

実践については後から自然とついてきます。

100%準備ができてムスリムになる人は滅多にいません。
まずは一歩踏み出すと、アッラー(至高にして崇高な御方)がより良い道を見せてくださるはずです。

アッラー(至高にして崇高な御方)のお言葉に下記のものがあります。

もし人がわたしに腕の長さほど近づくなら、わたしはその人に両腕を広げた分だけ近づこう。
もし人がわたしのもとへ歩いてくるなら、わたしはその人のもとへ走って行こう。
もし人が、地を満たすほどの罪を抱えてわたしのもとに来ても、わたしに何も並べるもの(=偶像)を置かなければ、わたしは地を満たすほどの赦しをもって彼に応えよう。

Sahih Muslim 2687抜粋

私を「解放」し続けるヒジャブという一枚の布

ヒジャブは、私を縛るものではなく、この世の「無駄な束縛」から私を自由にしてくれる布です。

社会の期待、他人の評価、自分の欲望、そうした無数の「しがらみ」から私を守り、神様アッラーとの関係に心を集中させてくれるもの。

もちろん、私もまだまだ自分の不要な欲望や、他人の評価などから解放されているわけではありません。

むしろ現実を見れば見るほど、いつも自分の弱さや欲に気づかされます。

Aya

でも、ヒジャブはそんな私に、「何が本当に大切なのか」を見つめ直すきっかけをくれた神様からのギフトでした

冒頭でメイクの例を出しましたが、実は今ではほとんどメイクをしません。

それでも、今の自分のほうがずっと心が軽く、満たされていると感じます。
(色なしリップでも全然平気なんです!自分でもこの変化にびっくりしています)

それは、「他人から押し付けられた理想」ではなく、「神様の言葉に従って生きる自分」の方がずっと幸せだと気づいたからだと思います

本来重要ではないものを見極めて手放していくことは、ムスリムにとっては死ぬまで続く自分との戦いになります。

この記事を読んでくださったあなたが、「自分を本当に不自由にしているものは何だろう?」と、少しでも考えてみるきっかけになれたら、嬉しいです。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。

この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。

ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。

Aya

アッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)

当ウェブサイトで扱う内容は非常に奥深く、専門家の方々が長年研究を重ねている分野です。共有している情報は、あくまでその広大な知識への入り口として、私自身の学びを元にまとめたものです。
もし内容に間違いなどお気づきの点がありましたら、コメント欄などで参考文献を添えて、優しくご指摘いただけますと幸いです。

なお、ブログ内で使用している敬称については、こちらのページで詳しく解説しています。

ヒジャブで「真の自由」を手に入れた話|日本人改宗ムスリマの体験談

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Aya
シドニー在住 日本人ムスリマ
学生時代の留学がきっかけで改宗。
ブログ「イスラムのとびら」では、イスラムの奥深さやムスリムのリアルな暮らしを発信しています。
この場所が、あなたにとって新しい気づきと出会う“とびら”になれば嬉しいです。

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