アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。
イスラム教徒(ムスリム)が信じている六つの信仰「六信」。
その最初に置かれているのが、「アッラー(神様)を信じること」です。
この記事では、「アッラーを信じる」とはどういうことなのか、そしてその信仰が人生にどのような意味をもたらすのかを、私自身の学びや気づきを通して、初心者の方にもわかりやすくお話しします。
六信五行の全体像をまず知りたい方はこちら
アッラーとは?どんな神様?
「アッラー」とは、イスラム教徒(ムスリム)が信じる唯一の神様のことです。
イスラムでは、アッラー(至高にして崇高な御方)は宇宙やすべてを創造された唯一の存在であり、何ものにも似ておらず、何ものにも依存しないお方だと教えられています。

なぜ「アッラーを信じること」が六信の最初なの?
六信とは、アッラー(神様)、天使、啓典、預言者、来世、定命の六つを信じることです。
六信の中で最初に「アッラーへの信仰」が置かれているのには理由があります。
もし創造主であるアッラーがいなければ、
- 天使を遣わすことも
- 啓典を下すことも
- 預言者を送ることも
- 来世への裁きを行うことも
- すべてをお定めになることもありません。
Ayaつまり、残りの五つの信仰は、すべてアッラーへの信仰を土台としています
そのため、イスラムを学ぶときには、まず「アッラーとはどのようなお方なのか」を知ることが大切です。
クルアーンには、アッラーの99の美しい御名(アスマーウル・フスナー)があり、その御名を通してアッラーの慈悲や英知、力強さなどを知ることができます。
詳しくは下記の記事をご覧ください。
「アッラーを信じる」とはどういうこと?
イスラムで「アッラー(神様)を信じる」とは、「神様が存在すると知っている」ということだけではありません。
アッラー(至高にして崇高な御方)だけを唯一の神として認め、アッラーだけを崇拝し、その導きを人生の基準として生きることまで含めて、「信仰(イーマーン)」と呼びます。
タウヒード(Tawhid)とは?
タウヒードは一つの概念ですが、理解しやすいように下記の三つの側面からよく説明されます。
- アッラーを唯一の創造主と信じること
- 崇拝をアッラーだけに捧げること
- アッラーの御名と属性をそのまま信じること
これは単に「神様は一人です」と知るだけではなく、お金や地位、自分の欲望などを人生の最優先にするのではなく、アッラーの導きを第一に考えて生きようとする姿勢でもあります。
タウヒードは、イスラムの信仰の土台であり、六信の最初に「アッラーへの信仰」が置かれている理由です。
知っている」と「信じて生きる」は違う
私自身がイスラムを学ぶ中で強く感じていること。
Ayaイスラムは、知識を集めることだけで終わるのではなく、学んだことを少しずつ日々の生活で実践していくことを大切にする教えだと感じています
もちろん、私たちは完璧ではありません。迷ったり、失敗したりすることもあります。
それでも、アッラー(至高にして崇高な御方)の導きに近づこうと努力し続けることが、信仰を育んでいくのだと思います。
信仰は「愛・希望・畏れ」のバランス

イスラムの学びでは、信仰はよく鳥に例えられます。
- 頭は、アッラーへの愛
- 片方の翼は、アッラーの慈悲への希望
- もう片方の翼は、アッラーへの畏れ(敬意を伴う恐れ)
頭と両方の翼がそろって初めて、鳥は空を飛ぶことができます。
アッラーを愛し、その慈悲を願い、敬意をもって従おうとする、この三つのバランスが、イスラムの信仰では大切にされています。
イスラムは「考えずに信じる」宗教ではない
「信仰」と聞くと、何も考えずに信じることを想像する方もいるかもしれません。
Aya実際私はイスラムを信じるまで、宗教=盲信を強いられる、というイメージがありました
でも実際は真逆でした。
むしろ考えなければいけない、学ぶことが義務とされているんです。
クルアーンでも神様は繰り返し、
- 「考える人々」
- 「思索する人々」
- 「理解する人々」
へ向けて直接語りかけています。
また、
- 夜空を見上げること
- 自然の美しさに目を向けること
- 自分自身の存在について考えること
これらすべてが、創造主(神)を知るきっかけになる(神様の存在の印)と教えられています。

アッラーを信じることで人生はどう変わる?
アッラー(至高にして崇高な御方)への信仰は、知識として学ぶのも重要ですが、それだけではありません。
アッラーへの信仰が深まると、人生の見え方が少しずつ変わっていきます。
Ayaイスラムといえば、ルールが大変そう、というイメージがありますが、自分を縛るような変化ではなく、むしろ心を軽くし、安心や目的を与えてくれる変化ですよ
人生の目的がはっきりする

「私は何のために生きているのだろう」
誰もが一度は考えたことがある問いではないでしょうか。
イスラムでは、人は偶然生まれた存在ではなく、神様によって目的を持って創られた存在だと教えられています。
クルアーンには、
われがジンと人間を創造したのは、彼らがわれのみを崇拝するために外ならない。
Quran 51章 56節
とあります。
だからこそ、人生には意味があり、一つひとつの出来事にもアッラーの知恵があると考えます。
この「すべてはアッラーのお定めの中にある」という考え方については、六信の一つである「定命(カダル)」で詳しくご紹介しています。
人の評価に振り回されなくなる
Aya私がアッラーを信じるようになって、一番大きく変わったと感じるのは、「人生の軸」ができたことです。
だからこそ、人の目ばかりを気にする生き方から、少しずつ自由になれるのだと思います。

一人ではないと思える
嬉しいときも、苦しいときも、アッラー(至高にして崇高な御方)は私たちのことを誰よりもよくご存じです。
クルアーンには、
われは確かに、人間を創った。われは彼の魂が自らに囁くものを知っており、われは(人間の)脛動脈よりも人間に近いのである。
とあります。
私たちが言葉にもできない悩みや不安、心の中の葛藤まで、アッラーはすべてご存じです。
また、イスラムでは世界中のムスリムをウンマ(共同体)と呼び、互いを信仰の兄弟姉妹として大切にします。
私自身、この「一人で信仰を守るのではなく、みんなで支え合う」という考え方に、とても温かさを感じています。
Ayaもし孤独を感じているムスリムの方がいたら、ぜひ勇気を出してモスクや学びの場、コミュニティに足を運んでみてください。きっと、一人ではないことを実感できるはずです
感謝と謙虚さが育つ
健康も、家族も、才能も、自分の力だけで得たものではありません。
すると自然に、「もっと持っていれば幸せ」「誰かと比べて幸せ」という考え方から少しずつ離れ、今ある恵みに目を向けられるようになります。
Aya幸せを感じる基準そのものが変わり、以前よりも心穏やかに過ごせる時間が増えていくように感じています。
詳しくはこちらの記事で
まとめ|アッラーを信じることは、すべての始まり
六信の最初に「アッラーへの信仰」が置かれているのは、それがイスラムのすべての土台だからです。
Ayaこの信仰は私たちに安心や希望を与え、人生の軸となってくれます
アッラー(至高にして崇高な御方)を知ることは、イスラムを知ることの始まりです!

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。
ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。
Ayaアッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)
当ウェブサイトで扱う内容は非常に奥深く、専門家の方々が長年研究を重ねている分野です。共有している情報は、あくまでその広大な知識への入り口として、私自身の学びを元にまとめたものです。
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なお、ブログ内で使用している敬称については、こちらのページで詳しく解説しています。


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