アッサラーム アライクム(あなたに平安あれ)
こんにちは、日本人ムスリマのAyaです。
イスラム教徒(ムスリム)が心で信じるべき6つのこと「六信」。
その最後、6番目にあるのが「定命(ていめい)(カダル)」です。
以前こちらの記事「【イスラム教の基本】六信五行とは?」でご紹介した最後のピースでもあります。
聞き馴染みのある言葉で言うと「運命」と似ているかなと思いますが、イスラムの定命には、ただの「決まっていること」以上の、深く温かい意味があります。
Aya「どうして私ばかりこんな目に?」「あの時こうしていれば…」そんな心のモヤモヤを解消してくれる、イスラムの信仰をご紹介します。
定命(カダル)とは?何を信じること?
カダル(定命)とは、「この世界に起こるすべての出来事は、神様(アッラー)の完璧な知恵と知識によって、あらかじめ定められている」ということ。
クルアーンでも、アッラー(至高にして崇高な御方)は次のように仰っています。
本当にわれは、すべてのものを定め(カダル)に従って創造した。
Quran 54章 Al Qamar 49節
具体的には、以下の4つが含まれます。
- 神様の知識 (Al-Ilm): 神様は、過去も未来もすべてを知っている。
- 神様の記録 (Al-Kitaba): それらはすべてラウフル・マフフーズという守護された書板に記録されている。
- 神様の意志 (Al-Mashi’ah): 神様がお望みになったことだけが起こる。
- 神様の創造 (Al-Khalq): 神様が実際にその出来事を創り出す。
Aya「偶然は何ひとつない」と私はムスリムになる前からなんとなく感じていましたが、イスラムの教えを聞いてすごく納得したことを覚えています
全部決まっているなら、何を選んでも同じじゃないの?
そう思う方もいるかもしれません。
実は、私も最初は少し混乱していました。
「全て決まっているなら何をしても一緒なのでは?」と。
でも、イスラムの教えは少し違っていました。
舞台を想像してみてください。
- 定命(神様の領域): どんな舞台(時代、国、家庭、予期せぬ出来事)に立つか。
- 自由意志(私たちの領域): その舞台でどう振る舞い、何を選択するか。
神様は、私たちが明日何を選ぶかをすでにご存知です。
神様は私たちに選択する力を与え、私たちが自分の意志で善い方を選ぼうと努力する姿をご覧になっています。
そして、私たちの行動や意図には、一つひとつ責任が伴います。
※私たちには選択する力が与えられていますが、そのすべては神様の完全な知識とお定めの中にあります。

なぜ、戦争や悲しい出来事が起こるのか?

神様がすべてを知っていて、神様の意志ですべてが起こるなら、なぜ悲しい事件や戦争を止めないのだろう?
定命(カダル)の話を聞いたとき、誰もが一度は考えることかなと思います。
イスラムの教えの中には、この問いに対して「ヒクマ(神様の知恵)」という視点があります。
ここでは3つご紹介します。
① 人生は「自分自身の選択」を試される場所
そもそもイスラムにおいて、私たちのこの世での人生は試練(テスト)だとされています。
もし神様が、誰かが悪いことをしようとした瞬間にすべてを強制的に止めてしまったら、それは「テスト」になりませんよね。
人間はただの「操り人形」になってしまいます。
神様は人間に、あえて「悪」を選ぶ自由も残されました。
それは、人生が次の世のためのテストだから。

② 「対比」があるからこそ、本当の価値に気づける
もしこの世界に「闇」がなければ、私たちは「光」のありがたさを知ることができません。
病気を経験するからこそ健康に感謝し、争いを知るからこそ平和の尊さを守ろうとする。
苦難を通して忍耐を学んだり、罪が赦されたり、信仰が深まったりすることもあります。
Aya出来事にどのような知恵(ヒクマ)があるのかを、本当にご存知なのは神様だけですが、何事にも理由があって起こっていると知るだけでも安心しますよね。
③ 私たちは「パズルの1ピース」しか見ていない
人間が見ているのは、人生のほんの「1ピース」に過ぎません。
でも、神様は全体の「完成図」を見ています。
一見ひどい出来事に見えても、実はそれによって「過去の過ち」が許され、魂が浄化されていることもあります。
Ayaその時は「最悪だ」と思った出来事も、数年後に振り返った時に「あの経験があったから、今のこの幸せがあるんだ」と分かる時もありますよね!

定命を知ることで得られる「本当の心の自由」
「すべては神様のプランの中にある」というカダルを理解することは、私たちの日常の悩みを解決するツールにもなります。

具体的に、2つの大きな変化があります
① 過去への後悔(執着)から解放される
「あの時、あっちの道を選んでいれば…」という後悔は、私たちのエネルギーを奪います。
でもカダル(定命)を信じると、起こったことは神様の定めであり、その中には私たちには分からない知恵があると受け入れることができます。
実際に預言者ムハンマド(彼に平安と祝福あれ)も次のように教えられています。
もし何かがあなたに降りかかったなら、「もしあの時こうしていたら…」と言ってはならない。
「アッラーがお定めになったことであり、アッラーは御望みのことをなされたのだ」(Qaddarallāhu wa mā shā’a fa’ala)と言いなさい。
『もし』という言葉は、シャイターン(悪魔)の働きへの扉を開くからである。
Sunan Ibn Majah 79
過去を変えることはできません。
Aya「過去」から解き放たれ、今を生きる力が湧いてきますね
② 未来への不安が「信頼」に変わる
私たちは「将来どうなるか」という不安に襲われがちです。
実際にクルアーンにも、次のようにあります。
自分たちのために善いことを,あなたがたは嫌うかもしれない。また自分のために悪いことを,好むかもしれない。あなたがたは知らないが,アッラーは知っておられる。
私たちには、その出来事の意味をすぐに理解できないことがあります。
それでも、すべてをご存知の神様を信頼することが、カダル(定命)を信じる心につながっていくのです。

まとめ:定命とは「完璧な知恵」を信頼すること
「どうして私ばかり?」と理由を探して苦しんでしまうのは、私たちが人生のほんの一部しか見えていないからかもしれません。
私たちは、起こる出来事の意味をすべて理解できるわけではありません。
でも、神様は過去・現在・未来のすべてをご存知であり、そのお定めには私たちには見えない知恵(ヒクマ)があります。
「偶然は何ひとつない」という考え方は、時に厳しく聞こえるかもしれませんが、「どんな出来事も無意味ではなく、神様の知恵の中で起きている」という安心にもつながります。
カダル(定命)を信じることは、すべてを理解することではなく、むしろ理解できないことがあっても、神様の知恵と慈悲を信頼すること。
Aya私自身もまだ学びの途中ですが、現時点ではこのように理解しています。
イスラムの信仰の全体像「六信五行」についてもっと知りたい方は、下記のまとめ記事もぜひ覗いてみてくださいね。

最後まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
この記事でお伝えした良いことは、すべてアッラー(至高にして崇高な御方)からのもの。
至らない点や間違いがあったとしたら、それは私の未熟さによるものです。
ここまで読んでくださったあなたにとって、何か一つでもプラスになることを祈っています。
Ayaアッサラーム アライクム
(あなたの上に、平安がありますように)
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